2022年5月10日より、【サッポロ ラガービール】の缶ビールが、全国で限定発売されています。
【サッポロ ラガービール】と聞いてピンとこない方も、“赤星”と聞けばわかる方もいるでしょう。
大衆酒場を中心に、“赤星”の愛称で多くのファンを魅了する【サッポロ ラガービール】。
この【サッポロ ラガービール】は、日本のビールを語る上では。欠かすことのできない存在であることをご存知でしょうか?
目次
“生ビール”について、説明できますか?
【サッポロ ラガービール】の話に入る前に、“生ビール”と“熱処理ビール”との違いについて触れておきましょう。
“生ビール”とは、“非加熱処理のビール”のことを指します。
以前は、ビールの中の酵母が瓶の中で過発酵することを防ぐ為、ビールを30分程、約60℃に保つことで、酵母を含め残った微生物を死滅させる必要がありました。
この熱処理を行ったビールを“熱処理ビール”といいます。
その後、技術は進歩を遂げ、目の細かいフィルターでろ過することにより、ビール中の酵母や微生物を取り除くことができるようになりました。
“熱処理”をしていない、 “非加熱処理のビール=生ビール”が造れるようになったのです。
そして、日本におけるビールの主流は、“生ビール”になりました。
“生ビール”と“熱処理ビール”の判別は、製造過程での熱処理の有無によります。
飲食店でビールサーバーから注がれる樽生ビールだけが“生ビール”ではなく、瓶ビールや缶ビールであっても、“非加熱処理のビール”はすべて“生ビール”なのです。
では、【サッポロ ラガービール】はどうでしょう?
答えは、“熱処理ビール”です。
2022年5月現在、大手ビールメーカー5社が通年発売しているビールにおいて、“熱処理ビール”は【サッポロ ラガービール】と【キリン クラシックラガー】の2種類しかありません。
「JAPAN’S OLDEST BRAND」
【サッポロ ラガービール】のラベルや、缶ビールの裏面にはこんなフレーズが記されています。
「JAPAN’S OLDEST BRAND」
この言葉の通り、【サッポロ ラガービール】は、日本で最も古い歴史を持つビールブランドなのです。
北海道開拓使が造ったビール
その歴史は1869年まで遡ります。
1869年、明治政府は北海道開拓のため「開拓使」を設置します。
推進役は、後に第2代内閣総理大臣となる黒田清隆(以下、黒田)でした。
1871年、北海道にて野生のホップが発見されます。
ホップといえば、モルト(麦芽)、水、酵母とともにビールの主原料となる植物です。
1872年、黒田と開拓使官吏・村橋久成(以下、村橋)は、国産ビールの製造を企てます。
1875年、当初、東京に醸造所を建設し、試験醸造に成功すれば北海道に移設する計画で話が進んでいました。
しかし、気温の高い東京では、醸造中のビールを冷やすために使う大量の氷を移動するコストがかかります。
さらに、その後、北海道に移設するためのコストもかかります。
醸造所建設の責任者でもあった村橋は、最初から氷雪豊かな北海道に醸造所を建設することで、コスト削減できるとして、開拓使幹部の決定を覆し、札幌での醸造所建設に踏み切らせます。
もしこのとき、東京で試験醸造を行っていたら、日本ビールの主流はラガービールではなく、エールビールになっていたかもしれません。
1876年9月、「開拓使麦酒醸造所」が完成します。
ビールの醸造を担当したのは、ドイツでビール造りを学んだ初の日本人・中川清兵衛です。
「開拓使麦酒醸造所」開業式当日、高く積み上げたビール樽には、白字で大きく「麦とホップを製す連者(れば)ビイルとゆふ酒になる」と記されました。
1877年9月、北海道初のビール【冷製 札幌ビール】が発売されます。
当時の【冷製 札幌ビール】の売出し価格は、大瓶1本16銭。
日本酒の平均的な価格が1升瓶で4銭5厘程度だったことを考えると、かなり高価なお酒だったことが伺えます。
当時から変わらない「SAPPORO LAGER BEER」と「赤星」
【冷製 札幌ビール】のラベルには、「SAPPORO LAGER BEER」という文言が記されていました。
そして、 “赤い星” のマークもありました。
この“赤い星”は、北海道開拓使のシンボル“五稜星”に由来します。
どうですか?
日本初の国産ビール【冷製 札幌ビール】の発売から約145年。
現代まで、脈々と受け継がれてきた【サッポロ ラガービール】の歴史を知ってから飲むと、“熱処理ビール”ならではの厚みのある味わいに、さらに奥深さを感じませんか?
「JAPAN’S OLDEST BRAND」
日本で最も古い歴史を持つビールブランド【サッポロ ラガービール】の歴史は、日本ビールの歴史そのものと言っても過言ではないのです。