ドン・ペリニヨンは、シャンパンの瓶にコルク栓を使用することを考案し、これによって瓶内により多くの炭酸を留めることに成功しました。しかしその後暫くの間は炭酸の量をコントロールすることが出来ず、大量に発生した炭酸ガスで瓶が破裂するケースが多発していました。瓶の破裂によって失明する者も出たことから、貯蔵庫(カーブ)に入るときには兜のような鉄の仮面等をして入ったそうです。
そういった危険性から、シャンパンは悪魔のワインとも呼ばれていました。そして1836年にフランスの化学者ジャン・バティスト・フランソワが、シャンパンの二次発酵に出る炭酸ガスの量を正確に予測することが出来る比重計を考案して、この問題は解決されました。前置きが長くなりましたが、今回はガラ瓶についてちょっと触れておきます。
ビンという漢字は瓶と壜があります。壜という字は主にガラス製の液体容器に使われますが、元々は土器の壺を表しています。瓶の字には瓦がついています。瓦は元々陶器一般のことを表す字で、瓶は陶器の壺のことを意味します。一般的にビンを漢字にする時には、瓶の字が使われています。瓶が常用漢字表にあって、壜はありません。しかし、この壜の字を使用している東京壜容器共同組合という団体があります。通称「びん商」と言うそうで、自治体や小売店と協力してガラスビンの回収、選別、処理を担う専門業者です。びん商のルーツは、江戸時代に酒や醤油の空き樽を売買したり、開港した外国人の居留地からガラスびんを譲り受けて商いしたことだと言われています。当時のガラスびんは、ビードロやギヤマン等と呼ばれて珍重されていました。
欧州で十六世紀までは、ガラスはとても高価なもので、ワインに使うガラス瓶は樽からテーブルに運ぶのに便利なように作られていて、保存用ではありませんでした。当時はイタリア風のガラス瓶で、壊れ易いので藁や小枝細工や革で保護されていました。その頃の英国は産業の後進国でしたが、十六世紀以降製鉄業が発達し、更に塩・銅、ガラス等それまで輸入に頼っていた製品の製造にも注力しました。それらの製造には燃料として大量の木材が必要で、森林が破壊されていきました。英国王ジェームズⅠ世(1566-1625)は、森を保護する為にガラス製造業者に木を燃料とするのを禁じる勅令を出しました。その後1630年代にケネルム・ディグビー卿という人物が、石炭を燃料としてふいごを組み合わせ、高温でガラスを溶かすことを確立させました。その製法の瓶は、分厚くて丈夫で安価だったことから急速に普及しました。またガラスの色が暗緑色や茶色等だった為に保存にも適しており、球体の形状と上に向かって細くなったテーパー状にもなっていました。それらのことからディグビー卿はワインボトルの父とも言われています。
ディグビー卿は多才な人であったらしく、錬金術師であり自然哲学者でもあり、海賊船の船長としてスペインやフランドルの船を襲ったりもしました。海賊の船長が発明したボトルは、やがてフランスに渡ってシャンパンを詰める瓶にもなっていきます。分厚く丈夫な瓶は炭酸の圧力にも耐性がありましたが、それでも多くの瓶が割れました。フランソワというエクソシストが現れるまでは。
コックさんの帽子を被っているお酒って何だ?
答えはシャンパンです。シャンパンのコルク栓は、上部が下部に比べて大きくなっており、コックさんの帽子に似ています。キノコに似ているとも言われます。見たことが無いようでしたら、ネットで調べてみて下さい。今回は前回に続きシャンパンを取り上げて、量産化に貢献したジャン・バティスト・フランソワの比重計法のお話です。
シャンパンはブドウが収穫された秋に、まず1次発酵で樽やタンクで白ワインを作ることから始まります。翌年2月頃に1次発酵が終わって出来たワインに、調合(アッサンブラージュ)というブレンドをします。このワイン同士をブレンドするということを考案したのがドン・ペリニヨンで、彼の最大の功績といわれております。彼はその年に出来たそれぞれの畑のワインと、それ以前に出来た各種のワインをブレンドして、原酒よりも良質の酒を作ることに成功しました。現在このブレンド比率は、各メーカーの門外不出の秘密事項で、その調合により各メーカー個性が出ます。
次にブレンドされたワインに、二次発酵させる為の蔗糖と酵母を加えて瓶詰めします。この時に加える蔗糖の量が多すぎると、発酵で出来た二酸化炭素も大量に出来てしまい、その圧力によって瓶は破裂します。フランソワが1836年に比重計法を発表する前までは平均40%の瓶が破裂していたといわれています。フランソワがどのような方法で測定したのかは資料が無いので定かではありませんが、一次発酵後に残留している糖分を測定し、二次発酵で発生する二酸化炭素の量を予知する実験に成功しました。これを元に簡単に二酸化炭素の発生量を計算できるフランソワの比重計が生まれたそうです。この後二次発酵前に加える蔗糖の量を調整できるようになって、シャンパンは量産化されました。
現在はこれが数値的に具体化されており、糖分が約4g/リットルで1気圧を発生することがわっかています。シャンパンは約6気圧を目標としているので24g/リットルの糖分が必要です。一次発酵後の残留糖分と合わせて合計がその量になるように糖分を添加すれば、瓶は破裂しないことになります。
現在のワインやビールの製造で糖度を測定するのに、サッカロメーター(浮標式糖度計)や屈折計(糖度計、Brix計とも言われる)が使われます。前者はガラス製の浮標で、製品の液中に浮かべて測定します。液面になったところを示すその目盛が、その液体の糖度となります。後者は光の屈折率を利用して糖度を測定する器具です。液体を数滴試料板に落としてガラス板で押え、レンズを覗いて数値を読み取ります。単位は通常Brixを使用します。
シャンパンは二次発酵を瓶内で約2ヶ月かけて緩やかに行われます。この間にワイン独自の香り(アロマ)が芳香(ブーケ)になっていきます。その後熟成期間が設けられており、ノンビンテージ物で瓶詰め後約1年、ビンテージシャンパンで約3~5年、プレステージュシャンパンで約5~7年と長期間寝かされます。長期間寝かされることにより、旨みが増し、二酸化炭素がきめ細かく溶け込んでいきます。ちなみにドンペリは、この熟成期間が約7年間です。高いけど美味しいことに納得です。