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酒類の地理的表示とは?
スパークリングワインはワイン生産国ならほぼすべての国で生産されています。しかしシャンパン(シャンパーニュ)と名乗ることができるのはフランス・シャンパーニュ地方で生産されたスパークリングワインだけであることは、よく知られていることです。フランスにはシャンパンのみならず、生産地域ごとにワインに使えるぶどう品種や収穫、醸造の方法を規定したワインに関する法律があり、それぞれの産地のブランドと品質を担保しています。
ワインに限らず、さまざまなお酒で、生産国や生産地域といった「産地名」を表記するためには、満たさなければならない基準が法律などで詳細に定められています。つまり、お酒の地理的表示GI(Geographical indication)は、産地と一定の基準を満たした品質であることを示すもので、これにより、消費者は安心して商品を選択できるのです。
日本には清酒、焼酎、リキュールそしてワインでGI表示ができる産地があり、2021年3月までに13箇所認められていました。ワインにおいては2013年に山梨県が国内で初めてGI「山梨」の表示が認められたのに続いて、GI「北海道」が2018年に指定されました。焼酎では壱岐、球磨、琉球、薩摩の4産地、清酒では日本酒、白山、山形、灘五郷、はりま、三重、利根、沼田の7産地、リキュール(梅酒)で和歌山がGI表記が可能な産地です。
そして2021年4月、清酒においてもGI「山梨」の表記が認められることになり、山梨県はワインと清酒、二つの酒類でGI表記ができる全国初の産地となりました。
ワイン:GI「山梨」を代表するワイナリー「ルミエール」
ワインにおいてGI「山梨」を表示するには、次の基準を満たすことが必要です。
原料
・ 山梨県で収穫されたぶどうのみを使用していること
・ ぶどうの品種は甲州、マスカット・べーリーA、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネなどの指定品種(42品種)に限る
・ 一定の糖度以上のぶどうのみを使用していること
製法
・ 山梨県内で醸造、貯蔵、容器づめをしたものであること
・ アルコール度数は辛口が8.5%以上、甘口が4.5%以上であること
・ 補糖、補酸には一定の制限があること
1885年に創業した山梨を代表するワイナリーのひとつである「ルミエール」は、県内産ぶどうのみで醸造するGI「山梨」ワインを多く生産しています。
1901年には扇状地の傾斜を利用した日本初のヨーロッパ型横蔵式地下発酵槽を構築。当時、国内にステンレスタンクはまだなく、一基あたり1万リットルのワインが醸造できるこの石蔵発酵槽は、大量のワインを醸造するために大きな役割を果たしました。時代が進み、琺瑯やステンレスタンクの普及にともない石蔵発酵槽でのワイン造りは終了しますが、1998年にこの石蔵発酵槽が国登録有形文化財に認定されたことをきっかけに「石蔵和飲」として復活しました。
現在、約4ヘクタールの広さを誇るルミエール自社畑では山梨を代表する品種である甲州をはじめ、ヨーロッパ系品種なども含めて20種類以上のぶどうが栽培されています。「本物のワインを造るには、本物のぶどうを育てること」という創業以来の教えを守り、自社畑に不耕起・草生栽培を取り入れ、多様な生物が共存する自然に近い環境でのぶどう栽培を実践しているそうです。
また、近年ではスパークリングワインの製造に注力し、ぶどう品種や製法が異なる6種類(白・ロゼ・オレンジ)のスパークリングワインを展開しています。今回、いただいた「スパークリング
オランジェ2019」は、甲州で醸造されたオレンジワインのスパークリング。オレンジワインとは白ぶどうの品種を用いて赤ワインの製造方法で作るワインで、これにシャンパンと同じ瓶内二次発酵で発酵中に発生する泡を溶け込ませたスパークリングワインをリリースしました。このワインは、イギリスの月刊ワイン雑誌「デキャンター」によって主催される国際ワインコンテスト、デキャンター・ワールド・ワイン・アワード2021で銅賞を獲得。伝統を守りながら新しい挑戦を続けるワイナリーの実力は世界に認められています。
山梨の土壌と風土が個性豊かなぶどうを育て、GI「山梨」ワインは果実本来の香りとバランスのよい味わいに仕上がっています。とくに日本固有の白ワイン用品種として国際ぶどう・ワイン機構(OIV)にもオンリストしている「甲州」は、出汁を使った和食や魚介類との相性がよく、料理の味を見事に引き立たせてくれます。
清酒:甲斐駒ヶ岳の伏流水で醸す「七賢」
清酒においてGI「山梨」を表示するには、次の基準が定められています。
原料
・ 原料として使用できる水は水系ごとに採取条件などを定義し、次の6水系に限定される:南アルプス山麓水系、八ケ岳山麓水系、秩父山麓水系、富士北麓水系、富士・御坂及び御坂北麓水系
・ 国産米を原料とし、山梨県産米のみを用いた純米酒は「山梨の酒」と表示できる
製法
・ 山梨県内で醸造されたもの
・ アルコール添加は10%までに制限(糖類等の添加は不可)度数は辛口が8.5%以上、甘口が4.5%以上であること
・ 補糖、補酸には一定の制限があること
清酒におけるGI山梨の表示には、原料として使用できる水が県内の6水系に限定されていることが特長的です。2000m~3000m級の山々から湧き出る豊かで良質な水こそが山梨県で醸される酒の品質と個性を担保するものだということがわかります。
1750年創業の「七賢」は、十三代にわたり甲斐駒ヶ岳の伏流水で清酒を醸す、県内生産一位の酒蔵です。日本で生産されるミネラルウォーターの4割を占め、日本名水百選にも選ばれている白州の水は超軟水で、ほかの清酒の銘醸地の酒とは異なる、華やかは香が魅力の酒に仕上がります。「ワインでテロワールというと土壌のことを指しますが、我々にとっては水こそが酒のテロワールです」というのは、2018年に就任した若き代表取締役社長の北原対馬氏。弟の亮庫氏が醸造責任者をつとめ、ご兄弟で300年近く続く蔵を継承しています。
七賢の酒造りは「白州の名水を体現する酒造り」を目指し、使用する原料米も地元米にこだわり、昔ながらの酒造りを忠実に再現。搾りたての状態がもっとも美味しいことは言うまでもなく、この感動を「いつどこで飲んでも美味しい酒」として流通させるため、醸造工程の見直しや品質を保つための新たな機械を導入するなど、伝統を次世代に継承するためのさまざまな挑戦を続けています。
2015年からは海外市場への進出を視野に、瓶内二次発酵で泡を閉じ込めた「プレミアムスパークリング日本酒」に注力。「水明」はザ・リッツ・カールトン京都5周年を記念してホテルスタッフが原料米の田植えから参加して作り上げた特別限定品で、京都らしさを纏わせるべく、サントリーに協力をあおぎ、ウィスキー山崎を寝かせた樽で日本酒を仕込んだそうです。「水明」はザ・リッツ・カールトン京都でしか飲めない非売品ですが、山梨ならではの一品としてウィスキー白州を寝かせた樽で仕込んだ「杜ノ奏(もりのかなで)」を醸造。こちらは限られた販路ですが一般でも購入が可能です。米由来の甘さは見事に抑えられ、ドライな味わいと瓶内二次発酵ならではの泡のきめ細かさで、新たな清酒の魅力を発見できる酒でした。ほかにも世界的に著名なシェフ、アラン・デュカス氏と作り上げた「アラン・デュカス スパークリングサケ」の開発など、北原兄弟の新たな挑戦は始まったばかりです。
ワインと清酒、ダブルで地理的表示(GI)指定を獲得した山梨県。山梨県の美しい自然と気候風土、3000m級の山々が育む名水が、美味しいお酒を生み出していることがよくわかりました。四季を通じてさまざまな表情が楽しめる山梨県に何度も足を運びたくなる理由がまたひとつ増えました。
◆訪問したワイナリー/酒蔵
ルミエール https://www.lumiere.jp/