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ワインボトル部位の名称
店頭にずらりと並んだワインボトル。
「今日はこのワインにしよう!」と棚から手に取る際、ワインボトルのどこを掴みますか?エチケットが見やすいからでしょうか、私は自然と”首元”に手が伸びています。
口、首、胴…、ワインボトルの各部位の名称が人の身体を表す言葉と同じというのは親近感が湧きますね。私たち一人ひとりに個性があるように、人が考え出したワインの入れ物=ボトルの形状にもその地で生産されたワインの個性が反映されているように見えてきます。
20世紀初頭に活躍したアメリカシカゴの建築家ルイス・サリヴァン(Louis Henry Sullivan)は、「形態は機能に従う(form ever follows function. )」という言葉を残しています。主にデザインを評価する際用いられますが、この言葉が定義されるずっと以前からワインボトルは機能性を追求し、美しく、そして個性的な形状に発展を遂げてきたのだと思わずにはいられません。
ワインボトルの歴史
ガラス自体はBC2000年からこの世に存在し、最古の破片がエジプトや西アジアで発見されています。古代ローマ時代には職人が王侯貴族の観賞用としてのガラス瓶を作る技法が確立され、BC1世紀には吹きガラスと呼ばれる製造方法が発明されていたというのですから驚きです。
時代はくだり、観賞用だった高価なガラスが大量生産の流通品として発展、ガラスボトルの原型が誕生したのはAC1600年頃。当時は底が広く安定感のあるものがワインボトルの主な形状でした。1700年代になるとコルク栓が大量に使えるようになり、ワインボトルの利用が一気に広がります。18世紀末から1920年代の産業革命を経て、船舶での輸送や長期貯蔵に便利な形状へと変化をしました。
ちなみに、ワインボトルが750mlサイズなのは「ガラス職人が一拭きで作れるちょうど良い大きさだったから。」という一説もあるそうです。もしもガラス職人たちの肺活量が少し足りなかったら、ボトルサイズの主流は日本酒と同じ720mlになっていたのかもしれませんね。
フランスワインのボトルの形状
ボルドー型:いかり肩、くびれのないストレートラインの胴体
主要品種であるカベルネ・ソーヴィニョンやメルローなどの長期熟成向きのワインは時間とともにタンニンが結晶化し、オリとなって沈殿します。このオリがワインを注いだ時にグラスに入ると味わいや舌触りを楽しめません。そこで、瓶のいかり肩部分にこのオリが溜まるように設計されているのがボルドー型。
また、シャトーで大量のワインを生産しても胴体がストレートであれば積み重ねた時に安定するという機能も兼ね備えています。
ブルゴーニュ型:なで肩、ふくよかで優美なラインの胴体
小規模生産者の多かったブルゴーニュではワインの貯蔵庫も小さく場所が限られていました。そこで、瓶を互い違いに並べてデットスペースを無くし、コンパクトに収納できるように設計された形をしています。また、なで肩のラインはスムースに液体が流れるため不用意な泡立ちを避けることができ、必要以上に空気に触れさせることなく、グラスに注ぐことができる機能があります。
アルザス型:すらりとした長身、華奢で繊細なラインの胴体
アルザスでは「フルート型」とも呼ばれる形状は、ブルゴーニュ型よりもさらに急ななで肩で、背丈も高くスリムな印象です。
フランスとドイツと国境に位置するアルザス地方は鉄や石炭を生産する土地でもあり、軍事的な要所として1000年に渡る略奪戦争が繰り広げられた地域です。そこに住む人々は「自分たちはフランス人でもドイツ人でもない、アルザス人だ。」と、独自の文化を発展させてきた歴史的背景があります。
このフルート型のボトル形状はドイツワインと似ていても非なるもの。そこには複雑な歴史的背景を持つアルザス人の誇りが感じられます。
プロヴァンス型:なで肩、くびれのある魅力的な曲線ラインの胴体
プロヴァンスのワインは何よりも美しいロゼ色が印象的です。フレッシュ感を楽しむワインであれば長期熟成は行いませんので、ガラスをわざわざ茶色や緑色に着色し、紫外線からワインを守る必要はありません。ワインの色をそのまま消費者にアピールすることができる透明なガラス、くびれた曲線の優雅なラインはその色合いをより魅力的に見せてくれる機能もはたしています。
数百年の時を経て今の形状になったワインボトル。現在では自然環境やエネルギー問題に配慮した紙パック製やペットボトル入りのワイン、飲みきりサイズでお手頃価格の缶入りワインも販売されるようになりました。ワインの生産技術の進化とともに容器も発展をし続け、いつか私たちが思いも寄らない形状のワインの容器が登場する日も来るのかもしれないと思うと、ワインの未来にますますワクワクしますね。
お供には…
アボンダンス(Abondance)~くびれた胴体ラインのチーズ~
スイスとの国境近くフランスのオート・サヴォワ県で作られ、ミルクのコクとハーブやヘーゼルナッツの香りを感じるハードチーズです。私たち日本人にとっては「あ、盆ダンス(踊り)!」なんて駄洒落を連想をさせる印象的な響きがありますが、その由来は渓谷の名前、修道院の名前、そして生乳を生産する牛の種類の名前で、「豊穣な」「多量の」といった豊かさを表す言葉です。
そもそも、フランス山岳地帯のチーズは貴重な食料を無駄にしないようにと作られたものでした。ミルクからバターを作り、残ったバターミルクでチーズを生成するため、脂肪分の少ないチーズが主流。ですがこのアボンダンスは酪農の生産性を高めるために生まれたのではなく、バターを生成する前の搾りたての牛乳を使用し、修道士たちが高品質且つチーズの美味しさを追求して製造したチーズなのです。
特徴はチーズの形。上下の面に比べて側面が内側に凹んでいるのは、直径38~43cm、重さ7~12kgのこのチーズを高山地帯から輸送するために生み出された工夫でした。チーズを束ねる際に、結んだロープがつるりと滑って抜け落ちないようと考え出されたのが窪んだ形だったのですね。正に形態が機能に従った形をしています。
ホールのアボンダンスを見かけることは少ないかもしれませんが、カットされている状態でも側面の優雅な曲線は見て取れます。「このチーズを作る人たちの知恵がくびれに詰まっている。」などと想像を膨らませながら同じ地方のサヴォワの白ワインを片手にすれば、より深い味わいが感じられそうです。