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ワインの香りのイメージ
ワインの販売コーナーで、表示価格の横にPOP(Point of purchase advertising)”と呼ばれる商品のセールスポイントの説明書きを見かけます。ワイン選びに迷った時にはとてもありがたい手がかりで、一瞬で目を引くデザインには、思わずワインのラベルよりも先にそちらに目をとめてしまうこともしばしば。そして、分かりやすく端的に纏められた解説文の中に、そのワインの香りの印象が書かれていることが多々あります。
“柑橘系の香り”、“洋梨の香り”と、これまでに食べたことのある馴染みのある食材で説明されていると「美味しそうだなぁ。」と味わいの雰囲気が想像できるのですが、“カシスの香り”と書かれていたら「うんうん、なるほど。」とは思うものの、実は生のカシスを食べたことがありません。“白い花の香り”と書かれていると途端に「バラなのかな?ユリなのかな?そういえば、スズランも白い花だけれどどんな香りだったかしら?」と、頭の中は白い花の名前でいっぱいになってしまいます。はたまた、“エレガントな香り”、“スパイシーな香り”となると「香水?」「カレー?」と、これはもうワインからかけ離れた連想ゲームのようになってしまいます。それくらい香りのイメージは人それぞれ、千差万別なのではないでしょうか。
香りとは何?
私たちが生きている自然界には“香りの元となるにおいの物質”が数十万個以上存在しているそうです。目には見えませんが、空気中を浮遊している化学物質が香りの元です。それら化学物質のいくつかがチリや水蒸気などにくっつき、混ざり合って「何かの香りがするなぁ。」と感じることができています。
ワインに含まれる“におい物質”として特定されているのはそのうちの850種類ほどで、ワインによって違いはあるものの、平均すると1本のワインには約500種類くらいのにおい物質が含まれています。そんなにたくさんの香りが集まっているのですから、ワインの香りは複雑で奥深いのですね。
香りによる美味しさの感じ方
子供の頃、いたずらに鼻をつまんでレモン味のキャンディーを食べたことがあります。ただの甘い塊になってしまいましたが、手を離すとまた酸っぱいレモンの味が戻ってきました。
はしたないのですが赤ワインでも同じように試してみると、喉にカーッとするようなアルコールの刺激を感じた後、酸っぱくて渋く感じました。そして手を離した途端に喉の奥から鼻先に香りが広がって、ワインの味に変わりました。最初に香りを感じるからこそ、味わいや食感が追い重なって美味しさの相乗効果がもたらされるのですね。
ちなみに、私たちは「バニラの香り」を感じると甘さを、「レモンの香り」を感じると酸味を強く感じそうです。香りが甘さを増加させたり、酸味を引き立てたりして、更にワインの味わいを演出しているのです。
香りの好みは人それぞれ
香りの好みは時代や食生活、年齢や遺伝子の影響も受けるそうです。「育った環境が違うから好き嫌いは否めない。」とはどうやら真実のようですよ。一人一人感じ方が違って当たり前、いい香りかそうでないかはその時の気持ちや、体調によっても変化します。
素晴らしいことに、香りを嗅ぐ力は年齢を重ねても衰えることはなく、これまでに食べたものの経験値と学習により、若い頃と比較すると識別する能力が高くなるとか。ソムリエさんが色々な香りを嗅ぎ分けられるのは、日々たくさんの香りを嗅ぐ訓練を積み、知識として蓄えているから、そして、それを表現するたくさんの言葉の引き出しを持っているからなのですね。
プロフェッショナルの域には辿り着けずとも、自分の鼻で感じた香りを身近な言葉に置き換えられるようになれたら、ワインコーナーの説明書きを頼りに自分好みのワインを見つけやすくなりそうです。
お供には...風味の強いチーズ ”エポワス(Époisses)”
19世紀のフランスでベストセラーになった食のバイブル「美味礼讃」の著者である美食家ブリア・サヴァラン(Jean Anthelme Brillat-Savarin)が「チーズの王様」と称え、皇帝ナポレオンはお気に入りのワインであるシャンベルタンと合わせて食べていたとされるチーズが“エポワス”です。
熟成させる際にチーズの表面を水もしくは塩水に地酒のマールを入れたもので磨きながら仕上げるため、特徴的で、チーズの中でもひときわ強く個性的な香りを放ちます。その香りはチーズの大好きなフランス人が「神様の足の匂い」と例えるようで...。チーズの王様であるエポワスに敬意を表しながらも、万人受けしない香りでもあることをやんわりと伝える、なんとも気の利いた言い回しです。
湿り気を帯びてべとつくようなオレンジがかった表皮は、納豆菌の仲間であるリネンス菌が覆っているからです。納豆とチーズはどちらも発酵食品ですから菌にも共通点があるのですね。熟成が進むと古漬け、くさや、魚醤のような匂いがするというと、想像していただけるでしょうか? 言葉のイメージからは臭い臭いと嫌厭されてしまいそうなチーズですが、この強烈な表皮を取り除くと中身はとてもクリーミーでコクのある食べやすいチーズです。
チーズの大好きなフランス人からすると「匂いのないチーズ=味のないチーズ」、特徴的な匂いがあることがチーズの奥深さであり面白さと言われ、主張するような匂いがするものこそ、真のチーズと評価されるのだそうです。
ナポレオンが生きていた時代のフランスは、都市に上下水設備が整っておらず衛生環境が劣悪で、花の都パリは正しく「花の曲がるパリ」だったそうです。また、体臭が魅力的とされ、それを覆う香水が珍重されていました。こうした文化を持つフランスだからこそ、チーズの匂いに対しても個性を大切にし寛容なのかもしれません。正しく、香りの好みはどのような生活の文化圏で育ったかにより大きく影響されるということでしょうか・・・。
好みが経験や学習によって向上していくことを信じて、エポワスも是非お試しください。この美味しさを知ってしまったら、もう後戻りはできませんよ。