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シャンパン(Champagne)
世界的に最も有名なシャンパンといえば通称ドンペリ、”ドン・ペリニョン(DomPérignon)”でしょうか。1962年に公開された映画「007」の第1作目でショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドのセリフの中に登場して以来、”ジェームズ・ボンド御用達”の飲み物として知名度が広がりました。
”Dom”とはフランス語で修道士の称号を意味します。このキラキラとして華やかな場には欠かせないワインの生みの親はピエール・ペリニョン修道士。教会でワイン食料貯蔵庫⻑していた彼はある日、ワインを貯蔵庫に入れ忘れ、屋外に放置してしまったのです。発酵が不完全なワインはそのまま寒い冬を越しましたが、暖かな春になると再び活発に発酵を始め、炭酸ガスが発生して発泡してしまいました。ペリニョン修道士が恐る恐る飲んでみると、とても爽やかで飲みやすい味わいでした。
発泡性のワインは偶発的にイギリスで発見されたという説もあります。寒さのため発酵活動が止まったまま樽詰めされたワインがフランスから海を渡り、ガラス瓶とコルク栓の発達したイギリスで瓶詰めされました。ワインは瓶の中で再発酵を始め、逃げ場を失った炭酸ガスが中に閉じ込められるといつの間にか発泡性のワインになっていたというのです。
本当にシャンパンの生みの親がペリニョン修道士であるのかははっきりとはしていませんが、盲目であったとも伝えられる彼が自身のうっかりミスから生まれたワインに改良に改良を重ね、生涯をかけて完成させたのだと思うと、シャンパンの泡がそのたゆまぬ努力の結晶のように見えてきませんか?
ロゼワイン(Vin rosé)
透き通った美しいピンク色のワイン。その色合いがなんとも愛らしい雰囲気を纏っているがゆえに気恥ずかしさを感じるのでしょうか、赤ワインや白ワインと比べると日々の食卓に登場する機会はぐっと少ないような気がします。
ロゼワインの歴史はとても古く紀元前ローマ時代まで遡ります。現在のギリシャ辺りでは2600年前から作られていました。ある日、赤ワインを作るつもりがうっかり醸造方法を間違えてピンク色のワインが出来上がってしまいました。とはいえ、せっかく作ったワインを無駄にするのはもったいないと試しに飲んでみたところ、渋みが少なくすっきりとして爽やかな味わいが多くの人に好まれたというのが一説です。ワイン作りの歴史を辿ってみると、全てを人の手作業で行う昔の醸造方法ではぶどうの色素をうまく抽出できず、現代の赤ワインのような濃い色合いのワインを作ることは困難でした。ピンク色のロゼワインが赤ワインを作る過程の副産物としてできたのではなく、赤ワインより先に誕生した”初めてのワイン”がロゼワインだったと言う方が信憑性があるようです。地中海の⻘い海と空、そこに浮かぶ白い雲を背景にしたロゼワインは、更にその色合いが映えて美味しく感じられたことでしょうね。
アマローネ(Amarone)
日本語の響きから甘口のデザートワインを思い浮かべませんか? ですが、色が濃く、ぶどうの濃縮された独特の香り、味わいはどっしりとして濃厚、コクの深さが際立ったとても存在感のある赤ワインです。ワインの名前はイタリア語の”Amaro=後に残る苦味”に由来しています。
ロミオとジュリエットの舞台であるイタリアはヴェネト州ヴェローナ地区で作られるこのワインも、実はうっかりの産物なのです。甘口ワイン製造の名手であった生産組合の醸造⻑がある日、ひと樽だけ瓶詰めを忘れて放置してしまいました。忘れられたワインに気がついた時には樽の中で発酵が進み、独特の苦味を持つ辛口のワインとなってしまっていたというのです。
アマローネは完熟したぶどうを陰干し、枝についたレーズンのような状態にしてから発酵させて作られます。水分が蒸発して乾いたぶどうは果汁が半量ほどになってしまうため、必然的に生産量が少なく稀少性の高いワインとなります。計り知れない手間隙をかけて作られるので、今でもちょっと背伸びをして購入する特別な日向けのワインですが、かつては王侯貴族しか口にできないほどの贅沢品だったそうです。「心も身体も溶かしてしまう」、「味わうアート」とも形容されるほどの甘美な味わい。そんなワインをうっかりから生み出してしまうなんて、イタリア人の懐の深さを感じますよね。
お供には...穴のあいたチーズ ”エメンタール(Emmental)”
チーズの絵を描くと「三角形だけでは何なのかがわからない。」と、丸い穴をいくつか描き足してしまいます。そして、あら不思議。たったそれだけでただの三角形がチーズに見えてきますよね。私たちが日常で食べているチーズに穴の空いているものは殆ど見かけないのにどうしてなのでしょう。そういえば、アニメーションの”トムとジェリー”でジェリーが嬉しそうに食べているのは穴の空いたチーズでした。チーズはねずみの大好物で、「チーズに穴を空けたのは腹ペコのねずみさんがつまみ食いをしたからだ。」と信じていた方もきっといらっしゃるのではないでしょうか。
この穴があいたチーズの名前は”エメンタール(Emmental)”。スイスでつくられる直径70cm〜1m、重さは100kgを越える、通常生産されている世界で一番大きなチーズです。きれいな淡い⻩色、引き締まってしなやかな弾力性のあるプラスチックのような質感ですが、口に含むとまろやかでナッツの風味を感じ、わずかな甘みとバターのコクが広がる優しい味わいです。さくらんぼ〜くるみ大のチーズの穴は”チーズアイ(Cheese Eye)”と呼ばれ、このチーズアイが多いほど高品質なエメンタールだと言われています。
このエメンタールが由来の”スイスチーズモデル”と呼ばれる企業経営における安全管理の考え方があるそうです。「スイスチーズには必ず穴ができる=意図せずして起こるうっかり(ミス)は必ずある」という概念から誕生したものです。チーズの熟成中にできる穴は表面からは見えませんが、スライスすると無数の穴が現れます。このスライスしたチーズを互い違いに数枚重ねると穴を塞ぐことができますが、時として穴の空いた部分が重なり続け、貫通してしまうこともあります。「スライスチーズ=安全対策」、「チーズの穴=問題点」、「貫通した穴=事故発生」に見立て、「偶然に穴が一列に並ぶ=うっかり(ミス)の発生」ということを表しているのですね。
牛乳を十分の一に濃縮して作られるチーズは栄養価が高くアンチエイジングの効果も期待されています。チーズをたくさん食べたらうっかりが減ってくれるという魔法のような考え方が立証されたりしないものでしょうか?